ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 組織・課名でさがす > まちづくり政策課 > 大和町まほろば百選 但木土佐

大和町まほろば百選 但木土佐

<外部リンク> 印刷用ページを表示する 掲載日:2018年6月1日更新

但木 土佐(ただき とさ)

奥羽越列藩同盟(おううえつれっぱんどうめい)を指導し、薩長に対抗した仙台藩家老

但木土佐(但木成行)

但木土佐肖像画

幕末維新の大動乱期に仙台藩を天下国家の桧舞台に押し出し、奥羽越三十一藩の同盟政治を指導した仙台藩宿老(しゅくろう)但木土佐は吉岡の領主であった。

幕末の戊辰の役(えき)、この戦いは封建政治を終結させるにあたっての二つの道、すなわち公武合体型平和革命方式と天皇親政型武力革命方式の二つが東(=東北の道)と西(=西南の道)の二つに分かれて激突した正義と正義、政治と政治の正統性を争う国家レベルの闘いであった。

この戊辰の役は日本における南北戦争ともみなされるが、但木は列藩同盟政府の主席執政官として函館や新潟の外国使臣に独立政府格の外交交渉をもち、もう一つの北日本政府の主張を行動として展開した。

但木土佐は封建日本と近代日本、西南型近代と東北型近代、二重の意味での二つの日本の接点にあって尊い人柱として、その命を終えた人である。

(まほろば百選~未来への伝言~第2刊《人物編》より)

 

仙台藩の要職にあった但木土佐は、平和的な戦争回避に奔走したが、新政府側と戦うこととなった。結果、仙台藩は降伏した。

大和町吉田の保福寺には東京都港区の東禅寺から移した土佐の墓や吉岡にあった屋敷の玄関の部材を利用した中門などがある。平成30年6月17日には、150回忌の供養が土佐の家臣の子孫で組織する但木土佐公150回忌実行委員会によって行われます。

但木土佐の墓
保福寺墓地にある但木土佐の墓

但木土佐の屋敷の部材を使用した中門
但木土佐の屋敷の部材を使用した中門

但木成行(但木土佐)招魂の碑
但木成行(但木土佐)招魂の碑

 

 

『大和町まほろば百選』から大和町の史跡・人物・七ツ森の魅力を紹介します!

まほろばまちづくり協議会(平成11年度から平成29年度まで)が、地域の再発見、再認識を目的として、私たちの住んでいる身近な史跡、もっと光をあてるべき人物、地域に残る自然・風習などを再考して編集、発刊しました『大和町まほろば百選』(全三刊)の中から厳選した記事を広報たいわに掲載した百選と併せてご紹介いたします。

大和町に残るいにしえの記憶・足跡・伝統を感じてみませんか。

まほろば百選

 

大和町まほろば百選 ~未来への伝言~  

第一刊 《史跡・名跡編》

第二刊  《人物編》

第三刊  《七ツ森編》

 

「大和町まほろば百選 ~未来への伝言~」は大和町観光物産協会吉岡宿本陣案内所にて各刊400円(税込み)で販売しております。

大和町観光物産協会(公式Facebook)<外部リンク>

吉岡宿本陣案内所