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9.吉岡城(隅櫓跡)「まほろば百選~未来への伝言~」

<外部リンク> 印刷用ページを表示する 掲載日:2021年1月1日更新

9.吉岡城(隅櫓跡すみやぐらあと)【吉岡地区】

 伊達宗清がそれまでいた下草城(鶴巣)を去り、元和2年(1616年)に吉岡に居を構えました。移転のきっかけは
宗清の父・伊達政宗が宗清の後見職である大和田佐渡を呼び寄せ、「現在の下草は辺土で万事不自由であるので、
吉岡に住居を移すように」と命じたことにあるといわれています。そこで大和田佐渡は元和元年に移転のための普請に
取りかかり、翌2年の春、宗清17歳のとき母子ともに吉岡に移ったとされています。(『飯坂盛衰記』)
 寛永11年(1634年)の宗清死去とともに廃退し、「城内」の地名を残すのみとなりました。吉岡城の絵図は残されて
おらず、東西の隅櫓跡からのみ往時を偲ぶことができます。
 『飯坂盛衰記』によると、伊達宗清の家臣は、家中衆として64人、小姓衆が18人、徒歩衆が46人、台所役衆が21人、
足軽100人、弓の者50人であったとされています。
現在は「城内大堤公園」として地域に愛される場所となっています。

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