佐藤忠良

更新日:2024年03月01日

佐藤忠良

彫刻を手に観察している男性のモノクロ写真

(1912~2011)彫刻家。

ベストを着て笑顔を見せる男性の写真

 明治45(1912)年、教師だった父親の赴任地、黒川郡落合村舞野(現大和町落合舞野)で生まれ、大正5(1916)年吉岡町(現大和町吉岡)へ転居、大正6(1917)年までの幼年時代をこの大和町で過ごしました。昭和9(1934)年東京美術学校に入学、以来一貫して塑像※1 彫刻の道を歩み続けました。
 現代日本の具象※2 彫刻家を代表する作家であり、その作品はフランスやアメリカなど海外でも高く評価されています。また、絵本「おおきなかぶ」(福音館書店)の挿絵も手がけました。

  • ※1塑像 粘土で作った像。木で心をつくり、藁などを巻きつけ、これに土を付けて像の形をつくり、表面は細かい土で仕上げる。(広辞苑第5版より抜粋)
  • ※2具象 固有の形体を有していること。形をとって現れること。また、その形。具体。(広辞苑第5版より抜粋)

 「芸術は人生の必要無駄」という言葉は、忠良が彫刻家人生の中で学んだ忠良自身の言葉です。芸術は無駄なものだと捉えられがちですが、「無駄」に見える芸術が、人間の人生においてとても大切な「必要」なものだということを語る言葉です。そのことを分かりやすく説いている中学生向けの教科書に掲載された文章を紹介します。

美術を学ぶ人へ

 美術を学ぶ前に、私が日ごろ思っていることを、みなさんにお話します。というのは、みなさんは、自分のすることの意味ーなぜ美術を学ぶのかという意味を、きっと知りたがっているだろうと思うからです。
私が考えてほしいというのは、科学と芸術のちがいと、その関係についてです。
 みなさんは、すでにいろいろなことを知っているでしょうし、またこれからも学ぶでしょう。それらの知識は、おおむね科学と呼ばれるものです。科学というのは、だれもがそうだと認められるものです。
科学は、理科や数学のように自然科学と呼ばれるものだけではありません。歴史や地理のように社会科学と呼ばれるものもあります。
 これらの科学をもとに発達した科学技術が、私たちの日常生活の環境を変えていきます。
 ただ、私たちの生活は、事実を知るだけでは成り立ちません。好きだとかきらいだとか、美しいとかみにくいとか、ものに対して感ずる心があります。
 これは、だれもが同じに感ずるものではありません。しかし、こういった感ずる心は、人間が生きていくのにとても大切なものです。だれもが認める知識と同じに、どうしても必要なものです。
 詩や音楽や美術や演劇ー芸術は、こうした心が生み出したものだといえましょう。
 この芸術というものは、科学技術とちがって、環境を変えることはできないものです。
 しかし、その環境に対する心を変えることはできるのです。詩や絵に感動した心は、環境にふりまわされるのではなく、自主的に環境に対面できるようになるのです。
 ものを変えることのできないものなど、役に立たないむだなものだと思っている人もいるでしょう。
 ところが、この直接役に立たないものが、心のビタミンのようなもので、しらずしらずのうちに、私たちの心のなかで蓄積されて、感ずる心を育てるのです。
 人間が生きるためには、知ることが大切です。同じように、感ずることが大事です。
 私は、みなさんの一人一人に、ほんとうの喜び、悲しみ、怒りがどんなものかがわかる人間になってもらいたいのです。
 美術をしんけんに学んでください。しんけんに学ばないと、感ずる心は育たないのです。

(「少年の美術」 1984年 現代美術社)

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